【体験談】諦めないで!3つの子宮筋腫があっても妊娠・出産を経験した実録

妊娠を望んでいる最中、あるいは妊娠中に突然子宮筋腫があることを告げられ、様々な症状で悩んでいる方も多いと思います。沢山の不安を抱える方たちにエールを送れるんじゃないかと思い、私の経験を書くことにしました。リスクを抱えながら、それでも子供を授かった方が沢山います。子宮筋腫があってもあきらめないでほしいのです。

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目次

  1. 子宮筋腫が3つもあると告げられた26歳の夏
  2. 不安でいっぱいだった初めての婦人科受診
  3. 断わろう・・・結婚に直面した33歳の春
  4. 定期健診で発覚した妊娠
  5. 本当に嬉しかった!心音を聞いた34歳の秋
  6. やっぱり甘くはなかったと思い知らされた妊娠7ヶ月
  7. 幸運にも自然分娩で第一子を出産
  8. 二人目を妊娠、そして流産 立ち直れなかった36歳の秋
  9. 今いる子のために私がしっかりしないと!
  10. 忘れることなんてできなかった 私のところに帰ってきて赤ちゃん
  11. 三人目の妊娠が発覚した38歳の秋
  12. またも出血 もうダメかな・・・
  13. 頑張ってくれた赤ちゃん、そして出産
  14. 恐れていた大量出血、そして意識が朦朧としていた2日間
  15. 最後の出産から3年半たった現在・・・
  16. まとめ
  17. あわせて読みたい

子宮筋腫が3つもあると告げられた26歳の夏

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現在42歳。私が子宮筋腫があると分かったのは26歳の時。仕事で忙しく、トイレを我慢する日々が続き、膀胱炎の症状に見舞われました。仕事にならなかったので泌尿器科を受診すると医師から「膀胱炎です。薬を飲めば治りますよ!ただ、もっと深刻なことが分かりました。大小3つの子宮筋腫があります。」と。

その場では冷静だった私。でも、病院を一歩出た途端、涙が溢れてきました。そう、知識が全くなく、筋腫=良性腫瘍と言われても癌と同じイメージを持ったからです。
気づいたら泣きながら母に電話をしていました。

しばらくは何もできない日々。子宮筋腫の正しい知識があれば、あんなにも悲しむことはなかったんだと今は思います・・・一人で抱えきれず、仲が良い同じ職場の人に子宮筋腫があることを告げると、「私も子宮内膜症だよ。いい先生知ってるから紹介してあげる!」相談したつもりが、逆に彼女の病気をカミングアウトさせてしまい、申し訳なく感じました。

まだ、結婚も妊娠も私にとっては先のこと。ただ、将来的に赤ちゃんは授かれない、子供を育てることもできないと絶望の中にいた私に差した一筋の光でした。

不安でいっぱいだった初めての婦人科受診

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いてもたってもいられず、紹介してもらった病院に電話。でも、なかなか予約が取れませんでした。それでも2ヶ月後、診てもらうことに・・・婦人科なんて初めてだし、内診ってどんなんだろう、赤ちゃんが産めないって言われたらどうしよう・・・不安で頭はいっぱい。脚も震えていました。問診、内診の後、「やっぱり3つあるね。大きいのは3㎝、あとの2つは1cm位。将来、赤ちゃん欲しい?」「はい」「赤ちゃんは難しいかもしれないね。妊娠しにくいし、仮に妊娠しても流産のリスクが高いから。」
やっぱり・・・安心したかったのにさらに増す不安。とりあえず、処方された漢方を手に帰路につきました。

それから、子宮筋腫の状態を定期的に見せに何年も同じ病院に通いました。いっそのこと筋腫を取ってしまえばいいんじゃないかって何度も思いましたが、取る勇気さえもありませんでした。小さくも大きくもならず、筋腫は私の体の中にずっといすわったまま。

本当に本当に子供が欲しかった。でも、子供に恵まれないなら、自分の体がどうなろうと関係ない、結婚も赤ちゃんももう無理だとやけになっていた時も一時期ありました。そんな時・・・

断わろう・・・結婚に直面した33歳の春

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知り合って半年の彼に「結婚しよう」と。もちろん、私が筋腫に悩んでいたことは知っていました。「でも、子供欲しくないの?」「本心を言えば、欲しいよ!でも、子供がいない幸せもあると思う」と。確かに、そう・・・子供ができなくても、夫婦で楽しめることは沢山ある。何よりも彼の気持ちが嬉しかった。この先、どうなるか分からないけどこの人となら前向きになれる・・・そう思い、結婚を承諾しました。


定期健診で発覚した妊娠

結婚生活は順調。そんな中でも婦人科の定期健診は続いていました。ある日の健診で、「妊娠してるね。まだ、赤ちゃんの心音は聞けないけど、次回あたり聞けるかな。おめでとう。」妊娠しづらい、子供は無理と思っていた私。耳を疑いました。どうか・・・どうか・・・無事に育って欲しい。ただ、それだけでした。嬉しいというより、不安のほうがはるかに上回っていました。心音が聞けなかったら・・・流産したら・・・

本当に嬉しかった!心音を聞いた34歳の秋

子宮筋腫、しかも高齢出産、様々なリスク。妊娠が分かってから、実績のある周産期医療を行なう病院へ・・・「赤ちゃんの心音聞こえるかな?」と、エコーの機械を当てながら先生が・・・確かに聞こえる!確かに見える!私のお腹に宿った小さな小さな命・・・本当に本当に嬉しかった。
意外にもあっさり妊娠して、経過も順調。妊娠しにくいっていう言葉は何だったんだろう・・・

やっぱり甘くはなかったと思い知らされた妊娠7ヶ月

子宮筋腫のことを忘れ、浮かれていた私に降りかかった切迫早産の危機。定期健診に行って、そのまま入院。腕には点滴、トイレ以外はベッドから動けないストレスのたまる日々。次第にうつになっていきました。「お母さんのおなかの中の居心地が悪くても、まだ出てきちゃダメ。」と何度も何度もおなかの赤ちゃんに話しかけ・・・
それだけが私を支えていました。

幸運にも自然分娩で第一子を出産

入院生活が続き、何とか持ち直して一度退院。早く出るどころか、40週になってもなかなか陣痛が来ない・・・「41週になったら促進剤で産みましょう。予約を入れていってください。」と。予約前に何とか自然に陣痛をと願っていましたが、結局来ず、入院して促進剤を打つことになりました。促進剤を打っても、陣痛が来ない。
ひたすら階段の昇り降り・・・次々と分娩室から聞こえる産声・・・赤ちゃんには会いたいけど、痛みに耐えられるかな、体は大丈夫かなと緊張と不安で押し潰れそうでした。

丸1日何の兆候もなく・・・次の日も朝から促進剤。「これでダメなら帝王切開で出しましょう。」え!?自然分娩も怖いけど、帝王切開はもっと怖い。早く出てきて!赤ちゃん!私の気もちを察したのか、急激に来た陣痛・・・「うー、痛い!」でも、すぐそこまで来ている赤ちゃんとの対面。陣痛をひとつ超えるたびに、また一歩赤ちゃんに近づいたと強烈な陣痛をやり過ごしました。4時間後・・・「オギャー、オギャー」と元気な声。本当に嬉しかった、陣痛の痛みも吹っ飛んだ。私のところに来てくれてありがとう。ありがとう・・・

二人目を妊娠、そして流産 立ち直れなかった36歳の秋

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一人目を産んでから1年半。生理が来ない、気持ち悪い、もしや妊娠?筋腫があり、不安もあり、半信半疑で産婦人科を受診。「妊娠してますよ!良かったね!」「ありがとうございます。」ずーと以前に言われてた。妊娠しづらい、子供ができないかもって。でも、こんなにもあっさり二人目を授かるなんて・・・一人でも十分なのに、二人目。いつしか芽生えた欲・・・これで姉弟を作ってあげられる。良かった!

でも・・・その日は来た。夜中に耐えられない激痛、出血。なんとなくトイレに行っちゃダメな気がした。おなかの赤ちゃんがそう訴えているように感じた・・・だけど、いきみさえ感じる痛みに耐えられずトイレへ。塊が・・・塊が・・・私の赤ちゃんが・・・流れたのが分かった。やっぱり赤ちゃんは私に「ママ、助けて!」と言っていた。何時間も何時間も水が流せなかった。自分で赤ちゃんを葬るなんてできなかった・・・何も覚えてない。怖くても事実を知りたくなくても病院へ行かないと。「赤ちゃん、見えないね。残念だったね。」やっぱり子宮筋腫がある私が二人目を望むなんて贅沢だったのかな・・・

今いる子のために私がしっかりしないと!

自分を責める日々、気づくと涙が溢れる日々。そんな私を絶望から救ってくれたのは、目の前にいる我が子でした。「そうだ。この子のために私がしっかりしないと。」
ママのそばに居てくれてありがとう。これから沢山沢山楽しもうね!

忘れることなんてできなかった 私のところに帰ってきて赤ちゃん

我が子の寝顔を見ながらあふれる涙。やっぱり、忘れられない、戻ってきて欲しい・・・二人目を妊娠しなかったら、流産しなかったらこんな感情湧いてこなかったかもしれない。一人授かっただけでも良かったと思えたかもしれない。でも、現実に私のおなかの中に赤ちゃんがいた・・・

三人目の妊娠が発覚した38歳の秋

戻ってきてくれたと感じた。本当は別の命かもしれない、そう思うことはこの子に失礼なのかもしれないと感じながらも、そうとしか思えなかった。エコー画像を見ながら、何故か涙が出た・・・自信がなかった。きっと流産してしまうだろうとさえ感じた。それでも「なんとかしがみついていてね!赤ちゃん」という思いでいっぱいだった。

またも出血 もうダメかな・・・

やっぱり、来ちゃった・・・考えたくないけど、2度あることは3度ある。とにかく早く病院に行かないと。

頑張ってくれた赤ちゃん、そして出産

流産しなくてよかった・・・「必死にしがみついていてくれたんだね。」その後、貧血やむくみ、起きられないマタニティライフを送り、何とか臨月に。おなかの赤ちゃんの成長とともに子宮筋腫は8センチ大にまで大きくなっていました。窮屈なところから早く出してあげたい・・・


ある日の検診で、「自然分娩でいけると思いますが、筋腫が大きいから帝王切開も考えましょう。輸血の可能性があるので承諾書にサインしてください。」と。出産時に出血が止まらないかもしれないと言われたのです。ただでさえ、貧血があるのに、出血が止まらなかったらどうしよう・・・そんな不安を抱えていた矢先におしるしが。病院に行っても、まだまだ子宮口が開いてないからと帰され・・・でもお腹が痛い!時間を図ってみると10分、8分、10分、5分と不規則な陣痛らしき痛みが。それでも出産経験者は急速に陣痛が進む場合がある。筋腫もあるし、何かあったら大変。とほとんどとんぼ返りで病院へ向かいました。

一人で乗ったタクシー。時々うなる私に「大丈夫ですか?すぐに着きますよ!」タクシーを降りて、そのまま分娩台に・・・すでに子宮口は10㎝。急に周りが慌ただしくなった。点滴を入れる看護師、出産準備をする助産師、問診する医師。そんな最中にも押し寄せる激しい陣痛。もう産まれる!分娩台に上がって45分。あっという間に産声を聞くことができました。この日を待っていた。産まれてきてくれてありがとう。と言っていたかもしれない、覚えてない。産後の意識がなかった・・・

恐れていた大量出血、そして意識が朦朧としていた2日間

最後にいきんだあとの記憶は今でもあまり覚えていません。ただ、私の周りをバタバタ動く看護師さんの姿だけうっすらと・・・「輸血しますか?どうしますか?」と先生に尋ねる助産師さんの声が聞こえたような聞こえないような感じでした。輸血判断ぎりぎりの2リットル近くまで出血があったと後から聞かされました。2時間分娩台で休んだ後、ストレッチャーでベッドに運ばれ、おしっこの管を入れられ・・・意識が朦朧として、2日間ベッドから起き上がれませんでした。この病院では、産んだその日は休息・・・翌日から母親と過ごします。母乳、オムツ替え、そして沐浴・・・意識が朦朧として、体も痛くて、結局5日間新生児室に預けっぱなしでした。少し入院が伸び10日後無事退院。赤ちゃんは元気でしたが、私は貧血状態がずっと続き、体力的に厳しい育児のスタートとなりました。

最後の出産から3年半たった現在・・・

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妊娠、出産の時、苦労させられた子宮筋腫はまだ体の中にあります。しかも、新生児の頭ほどの大きさになっていて、貧血もひどく、鉄剤は欠かせません。通っている婦人科の先生が手術に対して前向きではないことをいいことに、閉経までこのまま何とかやり過ごせないかと思っています。ただ、あまり貧血がひどいと心臓に負担がくるとのこと。そうなれば覚悟を決めないといけませんね。

二人の子供は元気に育っています。毎日、自分の時間が取れずバタバタです。でも、子宮筋腫が発覚して、一度は諦めていた私。こんな日常が送れることを感謝しないといけないと思います。

まとめ

子宮筋腫が出来た場所や大きさによって妊娠できるかどうか変わってくるので一概に妊娠できますよとは言いません。でも、体験談にもあるように子宮筋腫があっても出産したママは沢山います。だから、諦めてほしくないのです。本当に赤ちゃんが欲しい方や妊娠中に発覚し不安を抱えるママがこの記事を読んで少しでも元気になってくれたら嬉しいです。応援しています!

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